2012年09月30日

親殺し


病院の診察から戻って、ゴミ屋敷にて・・・。


いきいき手帳の件で母ケイコさんと軽くやり合った後、

母ケイコさんは、診察に合わせてゴミ屋敷へ来てくれた妹相手に私の悪口三昧。

介護についても、なんだか偉そうなことを言っていますが、

母ケイコさんにそんな偉そうなことを言える資格があるのやら?



母ケイコさんの両親、いわゆる明治の親は、

最後は二人とも寝たきり生活となって亡くなりました。

最初に亡くなったのは祖母で、

寝たきり介護生活1年弱で、ゴミ屋敷にて亡くなりました。

人の女房を盗ってしまったくらいですから、

人から変人と言われていた祖父でしたが、愛の力なのでしょう、

祖母の献身的な介護をしていたのは祖父でした。
(祖母臨終の日に大粒の涙を流していた祖父)

祖母の献身的な介護をしていたのは祖父だけでなくもう一人いて、

大昔、ホステスをするために都会へ出ていった母ケイコさんの姉シマコさんです。

毎週末、祖母が亡くなるその日まで実家(ゴミ屋敷)に戻ってきて、

祖母の介護に当たりました。

当時、私たち一家もゴミ屋敷で祖父母と同居していましたので、

母ケイコさんもある程度は祖母の介護をしていましたが、

それは祖父と姉シマコさんの比ではありませんでした。


そして祖母の死の4年後、今度は祖父が寝たきり生活となりました。

祖母の寝たきり生活の頃もそうでしたが、

母ケイコさんは会社勤めをしていましたので、

親思いの姉シマコさんが祖母の時と同様に毎週末地元に帰ってきて介護する以外、

まめに祖父の面倒を看る人は誰もいません。

ということで、

受け入れてくれる病院を母ケイコさんが探してきて(こういう時の動きは早い母ケイコさん)、

あっという間にその病院に祖父を入院させました。
(当時は寝たきり老人を長期入院させてくれる病院がいくつかあって、今とは大違い)

途中、姉シマコさんが病院の看護婦と看護のことでやり合い(さすが母ケイコさんと同じDNA)

怒った姉シマコさんは自分が暮らす町の病院へ転院させ(さすが母ケイコさんと同じDNA)、

祖父は故郷から離れたその病院で亡くなりました。
(祖父の入院介護生活はトータル2年ちょっと)

このエピソードはその頃の話。



母ケイコさんは有無を言わさず親をとっとと入院させたくせに、

自分は施設入所はもちろん、デイサービス利用も断固拒否。

娘の言うことに素直に従った明治の親こと祖父と大違い。
(母ケイコさん、祖父、同じ変人でも、祖父の方がまだマシだったようです)

祖母、祖父の介護についてちょっと振り返っただけでも

介護について母ケイコさんに偉そうなことを言える資格があるのか?

といった感じですが、

もっと決定的なのは、

そもそも祖父が寝たきり生活に入るきっかけを作ったのは母ケイコさんです。

当時、離婚前の父と冷戦状態だった母ケイコさんは、

一家の食事作りを拒否。

母ケイコさんを除き、明治の親こと祖父を含む一家の食生活は劣悪な物になっていきました。
(ちなみに、この時期は父が自己破産への道を辿っている最中と重なっています)

母ケイコさんは気楽なもので、

会社帰りに食事を済ませてゴミ屋敷へは夜遅くに寝に帰ってくるだけ。

その頃、既にヤサイさんとの不倫は始まっていましたので、

もしかしたら

晩ご飯はヤサイさんの別宅で済ませてきていたのかも知れませんね。

栄養バランスなど考えられていない異常な食生活が長期間続き、

まず最初に音を上げたのが祖父でした。

体調を崩して入院生活に入り、2度とゴミ屋敷へ戻ってくることはなかったのです。

あんなことが無ければ、

おそらく、祖父の寿命はもっと長いものになっていたに違いなく、

祖父は母ケイコさんに殺された様なものです。

明治の親(母ケイコさんの両親)は立派だったとか、

明治の親を敬うような発言を繰り返す母ケイコさんですが、

自分が父親の寿命を縮めておいて、よくそんなことが言えるものです。



祖父の刃物事件もその頃でしたので、

事実、当時、母ケイコさんは祖父のことを敬う素振りなど見せず、

「この馬鹿じじい、早く死ねばいいのに」

と、口にしていたくらいでしたから・・・・。

まぁ、あれですが、(あれには様々な私の思いを含む)

母ケイコさんの場合、願うだけでなく食事作り拒否の行動に出ましたからね。

さすが、母ケイコさんらしいです。



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posted by keikosan at 13:23 | 介護日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月29日

人にあげるために多めに買い物


病院帰りに外食チェーン店でランチ。

老い先短い人生の母ケイコさんですから、

どうぞ好きな物を選んで食べてください。

ちなみに、

隙を見て盗み見させてもらった

母ケイコさんの昨年版黒革の手帖ことデスノート(人の悪口や人にプレゼントした品目、恨み辛みなどが綴られている手帳)

に寄れば、

アルツの母ケイコさんと関わるようになった昨年夏以降、

妹や兄からのお小遣い等まとまったお金が手に入ると、

ラーメン屋にてラーメンを食べた記録数回や、

和食処で釜飯を食べた記録などが、

偉そうに味の評価と供に記されていました。

金詰まりになるまで外食三昧の日々を送っていた母ケイコさんですから、

今もお金を手にすると我慢できないのでしょう、

ボケ咲くさん一人で飲食店へ出入りしています。

自分のサイフのお金でやりくりする分には自由です。

注意したところで聞く耳持たずですし、

老い先短い人生の母ケイコさんですから、

どうぞ好きな物を食べてください。



昼食を食べ終えゴミ屋敷へ戻ると、

例の振込用紙を手に「手帳のお金!」と言って来た母ケイコさん。

連絡用テーブルの上に、

いきいき手帳の振込用紙が置いてあるのに、

いつまでも手つかずの間々なくならならず私に察してもらえないことに業を煮やしたのでしょう

珍しく口に出して注文をつけてきました。

と言っても、

「手帳のお金を振り込んできて!」と言うのではなく、

あくまでも、察して風。

なので、

何それ?

と、とぼけて応えると、

「一日千円だから、手帳のお金が無いんだよ!」

手帳を買うお金が無ければ、普通、貧乏な人は欲しくても我慢でしょう?

「うるさいっ!」

「いいからお金を振り込んでこい!」

何で2冊分の代金になっているのかなぁ?

「カワグチさんにはいつもお世話になっているから

 カワグチさんにも1冊くれてくるんだよ!」

でました!

母ケイコさん持病の精神病「人に物をアゲアゲ病」です。

ホント、この人は身の程知らずの阿呆です。

くどいようですが、

この行動はアルツハイマー病のせいではありません。

これぞまさしく普段通りの母ケイコさんです。
(今と変わらぬ昔の行動がもともと超異常なので、私はもう何十年も迷惑している)

アルツハイマー病を発症したからと言って、

即、ここはどこ?私は誰?となるわけではありませんから・・・。

決して裕福ではない私としては、

無駄にお金が消えていくことに怒りがこみ上げてきます。

ということで、

アルツ発症前と変わらぬ身の程知らずのお馬鹿さん母ケイコさんに

人の分まで買える身分じゃ無いんだよ!

そもそも、自分の分だって、こんな手帳を買えるな身分じゃないの!

あなたは貧乏なの!

と、ビシっと言ってやりました。(もう何度目のことやら・・・)

まぁ、母ケイコさんはそれで改心するタマではないのですが、

私のガス抜きもしておかないと・・・・。



母ケイコさん、妹の所に言って私の悪口大会です。

勝手に言ってろ!って感じです。



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posted by keikosan at 09:39 | 介護日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月28日

物忘れ外来診察日


母ケイコさんを連れ、妹と供に病院の物忘れ外来へ行きました。

病院の待合室にて、

約束通り母ケイコさんを担当してくださっている

地域包括支援センターの相談員さんと落ち合いました。

母ケイコさん、

1ヶ月ほど前にゴミ屋敷へ来てくださった相談員さんと長々と話をしていたのに

相談員さんの顔はまた忘れてしまっていますが、

あの時と同様に、

「自分はしっかりしている」アピールだけは忘れません。

ほぼ立ち話みたいなもので、実りのある話は無かったでしょうが、

相変わらずな母ケイコさんの現状は、確認して頂けたことでしょう。

ありがとうございました。



病院の診察室にて、

包丁振り回し事件後の診察時に採血した血液の検査結果が上がってきたとのこと。

HbA1c(グリコヘモグロビン)の値は、

糖尿病治療薬の服用を再開する前の値10.7から7.8へと下がっていましたが、

まだまだ正常値には下がっていないそうです。

薬を飲んでいてこれですから、

この先、母ケイコさんの糖尿病はどう変化していくのでしょう?


ちなみに、

ここで時間を現在に進め、

今週放送されたNHKのためしてガッテンについて。

番組のタイトルは「まさかコイツが原因!? アルツハイマー新予防」で、

テーマ・内容はアルツハイマー型認知症でした。

また、一部紛らわしい表現、視聴者誘導の番組作りでしたが、

アルツハイマー病と糖尿病の関係性に着目していました。
(もうずいぶん前から判っていたことの焼き直しですが、
 細かい部分で参考になることもありました)

まさにうちの母ケイコさんが当てはまり、

研究の成果通りか、アルツハイマー病を発症しているわけですが、

母ケイコさんの場合、

糖尿病の他にもアルツハイマー発症の原因となり得ると言われている事柄に

多々当てはまっていますので、

発症すべくして発症したと言っても過言ではないような気がします。



再び時間を戻し、

病院の診察室にて・・・。


「糖尿病は、まだ良くないですからね〜」

という主治医の話が頭に入らないのか、

「もう大丈夫ですから」

と、素っ頓狂な返事をする母ケイコさん。


「自転車は杖代わりです!」

「どこへも出かけるなってこの人(私のこと)に言われるから

 私はどこにも出かけてません。家に居ます!」

と、医師に向かって作話の披露が始まりました。

そうですか・・・。

どこへも出かけていないのですか・・・。

笑っちゃいます。

作り話をするのは

ボケ咲くさんなりの狙い(正常な人に言わせれば“おかしな狙い”)があるのでしょうが、

この作り話にはどういう目的があるのでしょう?

自転車を守るために必死、といった理由でしょうか?



話すと止まらない母ケイコさん。

話は何の脈絡も無くあっちこっちに広がっていき、


「壺を5万円で買ったから、お金を無くしたんです」

お金をスッカラカンにしたのは
ツボを買ったことだけのせいではないですけどね・・・。



「でも、○○山の大僧侶○○様が作った壺がたった5万円で買えたんですよ!」

二束三文のツボを5万円も出して買って・・・。



「あの壺を買ったお陰で壺のご加護があって、うちの孫はとっても賢いんです」

でました自慢屋母ケイコさん。
孫がかわいくて言っているのではなく、
孫など自慢のタネ、自慢の小道具みたいなもの。
甥が賢いか賢くないかは知りませんが、
でも、このツボを買ったことで、
母ケイコさんのアルツハイマーが家族に発覚したわけですから、
壺も少しは役立っていますね。



「それなのに、この人(私のこと)は、お金を無くしたお金を無くしたって私を責めるんですよ!!」

貧乏なくせにおかしなお金の使い方をしたときに注意しているだけなのに、
まるで毎日言われているかの様な言い方ですね。
まぁ、もうお金など渡せる状態では無く、現物支給にしたい所ですが、
そんなことをしたらアルツの周辺症状が爆発するでしょうから
仕方なくお金を渡している状態です。
(でもいずれ、病気が進んでお金を渡せなくなる時がやって来るでしょう)
被害者面して・・・・。
どちらかと言えばこっちが被害者ですよ。



「毎日、私のことをバカバカって言うんです」

確かにブログにも書いてますし、
心の中では母ケイコさんの事を馬鹿な人、阿呆な人と思っています。
でも、“今のところ”それを口に出して直接本人に言いません。
ここがポイントですが、
アルツハイマー発症前から、
人として馬鹿、阿呆と思っているのですがね・・・・。
母ケイコさんは何の根拠も無く自分はすごい人と思っていて、
昔から他人を見下げる人でしたので、
母ケイコ基準でいくと自分は「バカ」という自覚がおそらくあって
こんなことを言っているのでしょう。



「薬を出すだけで他に出来ることは無い」と、宣言している主治医に

しょうも無い話を長々聞かせて何かを訴えても無駄ですよ、母ケイコさん。

適当な所で、

「そうですか〜。じゃあ、お大事にしてくださいね」

という、いつもの締めの言葉で、診察終了です。




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posted by keikosan at 08:52 | 介護日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月27日

もの忘れ外来診察日



朝、母ケイコさんを担当してくださっている地域包括支援センターの相談員さんに

電話を入れ、

2回目の要介護認定の結果が「要介護1」だったことをお知らせしました。

今日はこのあと母ケイコさんを病院の「もの忘れ外来」へ連れて行くのですが、

相談員さんもたまたま同じ時間、同じ病院へお年寄りに付き添って出向くことになっている

ということで、

その場で母ケイコさんの様子を確認してくださることになりました。

まぁ、母ケイコさんは相変わらずですので、

これといって為す術はないのでしょうが、有り難いことです。


そして、ゴミ屋敷へ行きました。

今回も妹が診察時間に間に合う様にゴミ屋敷へ帰ってきてくれているので

当然、ゴミ屋敷に妹はいました。

が、

診察してもらう当の本人、ボケ咲くさんの姿が見えません。

妹がゴミ屋敷に着いたのは30分ほど前のことで、

その時から母ケイコさんは自転車で外出中なのだそうです。


昨日はゴミ屋敷を訪問した2回とも母ケイコさんに会っていませんので

私の口からは母ケイコさんに直接、今日の診察について言えませんでしたが、

今日が診察日であることは前もってカレンダーに書き込んでありますし、

妹は昨晩、電話で今日の診察について念押ししたくれたそうなので、

今日が診察日であることは、

アルツハイマー病に破壊された脳みその片隅にでも記憶できてさえいれば

覚えているはずですが、

壊れた脳みそに記憶できなかったのでしょうか?

それとも、今日病院へ行くことをしっかり記憶できたので、

逆に逃げられてしまったのでしょうか?

別に、それならそれで構いません。

ギリギリ、あと15分だけ待って母ケイコさんが帰って来なかったら、

母ケイコさん抜きで病院へ行きましょう。



8分後、

杖代わりの筈の自転車に乗った母ケイコさんがゴミ屋敷に帰ってきました。

「ツチヤさんから豆腐を取りに来いって電話があったから行ってきた」

とのこと。

背負っていたリュックサックには、

ツチヤさんから頂いてきた豆腐や納豆が詰まっています。


アルツハイマーにやられた母ケイコさんにとっては、

時間の配分など難しいことでしょうに、

ギリギリとは言え、よくぞ戻ってこられたものです。

よく出来ました!



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posted by keikosan at 08:06 | 介護日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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